イギリス/都市再生の新しい動向


「アーバン・リジェネレーション・カンパニー“Liverpool Vision”」


株式会社 都市構造研究センター/南部 繁樹

1.新しい再生策導入に至る経緯


ギリス中部のリバプール市は、産業革命時には繁栄を極め、イギリスの代表的都市であった。しかし、1960年〜70年代の都市・産業構造の急激な変化の中で、人口も大幅に減少(746万人/1961年、448万人/1991年)するなど、総合的な都市再生が求められてきた。

その対応の中心は、サッチャー政権樹立後の都市活性化策であった中央政府主導による「マージーサイド都市開発公社」を1980年5月に設立(1997年解散)し、アルバート・ドック地区等の開発を国・EU等の資金を活用して行ってきたことである。しかし、現実には十分な成果を挙げるまでには至らなかった。理由は、第1に「個別プロジェクトのみの展開で各プロジェクトをつなげる枠組みがなかった」、第2に「行政(市・政治)のリーダーシップが発揮されなかった」ことが指摘されている。

各地方に「地方開発庁」の設置

このような状況はイギリス全体においても同様であったことから、1990年代に入り、中央政府の都市再生に係る補助金は単一再生予算(SRB)に、また、その再生を支援する組織として都市再生庁(Urban Regeneration Agency)が1993年に創設された。イングランド地方ではこれを「English Partnership」として組織化し、各地方にも出先機関を設けた。その後、環境運輸自治省のホワイトペーパー「繁栄のためのパートナーシップの構築(Building Partnership for Prosperity)」の中で、都市・地域再生を促進する地方開発庁(Regional Development Agency ;RDA)の新たな設置が発表された。1998年11月の議決を経て、イングランドでは2000年4月までに、9地方に新しい地方開発庁が設立されている。

2.リバプール・ビジョンの設立


このRDAの支援を受け、リバプール市では1999年6月「リバプール・ビジョン」を設立した。これは、ロジャーズ卿を中心とするアーバン・タスク・フォースが1999年6月に新しい都市再生策として提言した市町村が自ら都市再生を引き起こすための「アーバン・リジェネレーション・カンパニー(URC)の設立」にも呼応したものである。なお、2001年7月現在、URCはマンチェスター、シェフィールド、ニューイーストン、ミドルスブラ、レスターなど全国の12都市で設立を見ている。

組織構成

リバプール・ビジョンは株式有限責任会社(Company limited by guarantee)であり、構成メンバーはリバプール市、English Partnership、ノースウェスト地方開発庁(RDA)の3者である。事業計画の決定や組織に関わる意思決定は12人の理事会(代表は地元ハンバーガー会社;ウィンペイの社長が政府の任命で就任、市3名〔議会2名、職員1名〕、民間4名等)で行われている。職員は25名(内市出向が15名)、実務の責任者はChief ExecutiveのJim Gill氏である。

目的と役割

リバプール・ビジョンの目的は、新しい財産の創出と投資の促進、シティセンターでの持続的な雇用創出を図ることである。具体の役割は、@都市再生事業の開発フレーム(枠組み)をつくること。A各事業の運営をサポートすること。いわゆる開発プロジェクトの推進役と捉えられる。組織設立後1年間を要して、国際コンペにより決定されたコンサルタント;SOMと共に都市再生のための開発計画を作成。2000年7月19日、市から2007年を目標年次とする開発計画の承認を得て、事業に着手している。

なお、リバプールビジョンは、当面2007年までの組織となっている。

運営経費の負担

会社運営経費は、一般管理費として年間£100万(約2億円)を会社構成3者が均等に負担。プロジェクト推進費は、5年間で約£15億と見積もっているが、そのうち1/3は、ノースウェスト地方開発庁とEUファンド等の公的資金の導入を見込んでいる。

3.リバプール・ビジョンの開発計画と展開策


開発計画の主題

開発計画は、プロジェクトの計画・設計ではなく、イニシアティブを評価し、シティセンターに投資をもたらす基準を提示するための柔軟な枠組みとして作成されている。

また、目標とする2007年はリバプール市がジョン国王より自治区と港の公的地位を授かった800年にあたり、さらに2008年にはEUの「欧州文化都市」の指定を受けることを目標にしていることから、より積極的な再生プロジェクトの実現を目指す開発計画としている。

7つのアクションエリア

計画の目玉は、ビジネス街や商業地域をつなぐ主要な南北ルート、リバプールの国際的な顔であるピアヘッド地域、シティセンターの玄関口であるライムストリート駅を中心とする次の7つのアクションエリア事業である。

Pier Head

海からの玄関口、また観光の目的地としての機能を高める;(フェリーターミナルの改善、地下駐車場の導入等)

Commercial District

世界クラスのビジネス交流の場とする;(街路景観の向上等)

Cultural Quarter

文化的エリアを統合し、フレンドリーな環境を提供する;(ライムストリート駅や歩行者ルートの改善等)

Castle Street

業務と質の高い生活支援施設の共存する機能性に優れたエリアとする;(歩行者優先、街路環境の改善等)

Retail Core

世界的に有名な商業都市とする;(既存商店街の再生等)

Kings Waterfront

レジャー・娯楽のための国際的活動の場とする;(中心市街地とのリンク等)

Hope Street Quarter

活気あふれるコミュニティを創造する;(オープンスペースの改善、イブニングエコノミーの奨励)

新しい試み‐高架道路の廃止とLRTの導入

中心市街地においては、スムーズなアクセスを確立するため、交通手段の分散化を図り、総合的環境改善を目途とした交通改善計画(Local Transport Plan 2001-2006/City Centre Movement Strategy Plan )が作成されている。その目玉は、ライムストリート駅北側に入る高架道路を2006年迄に解体し、それに代わるLRT(トラム)を2路線敷設する計画である。

市民参加による展開

都市再生を実現するためには、法的・戦略的にも優れた力量が求められる。リバプール・ビジョンでは、再生のための計画、資金調達に加え、その実現に必要な「オーナーシップの意識醸成」にも努めている。それは、幅広いコミュニティ・メンバーを取り込むことである。

Jim Gill氏は、その目的を「市民のQuality of Lifeを向上させるため」と語る。対象は@レジデンシャル・コミュニティ(住民;中心部居住者約9,000人と郊外の人々も対象)と、Aビジネスコミュニティ(民間企業)。具体的には「パネル」と名づけられた「市民400人集会」(戦略プランの協議)の開催と、7つのアクションエリア毎のWork Shopを行っている。

4.TCMとの関係‐タウンセンターマネジメントの仕事


リバプール市には、7年前から「Liverpool Partnership」という会社形態のTCM組織が設立され、タウンマネジメントの展開が行われてきたが、リバプール・ビジョンの設立に伴い、会社自体はリバプール・ビジョンに吸収統合された。しかし、TCM本来の仕事(メンテナンス、防犯、環境整備、イベントプロモーション等)は、1999年から市役所内の「Regeneration City Centre Management Team」に移管し、従来からマネージャーを務めていたポール・ライス氏を中心に、現在は44名のスタッフにより活動している。ライス氏は「リバプール・ビジョンはマクロな都市再生戦略事業を行う組織。私達は日常生活をサポートするミクロの仕事を行うもの」とその役割区分を説明してくれた。

TCMの活動で特徴的なことは、中心地の主要街路7つを「ゴールド・ゾーン」と名づけ、魅力的で安全な都心環境を作り上げるため「ナビゲーター」と称するパトロール・ガイドと清掃・メンテナンス報告を施すスタッフがきめ細やかな市民サービスを行っている点である。また、2001年8月には、ビートルズゆかりの「キャバーン・クラブ」を所有する観光会社「キャバーン・シティ・ツアーズ」が主催する「2001インターナショナル・ビートルズ・ウィーク」の音楽イベントの支援も行っている。

5.都市再生への提言 ‐ Jim Gill氏のアドバイス


リバプール・ビジョンは、イギリスにおける新しいスタイルのアーバン・リジェネレーション・カンパニー(都市再生会社)として注目できるものである。今回、その実務責任者であるJim Gill氏から「今日的都市再生への取組みに関するアドバイス」を頂いた。

  1. 開発の必要性の理解

なぜ現状がうまくいっていないのかを理解し合うこと。さらに、「地元の本当の期待は何か」、また「自分達の出来ることは、どこまでなのか」を明らかにすること。

  1. 公共(行政)介入の必要性

行政がリードしなければならない分野は多い(環境、インフラ、交通など)。

  1. 特定企業の利益排除

中心市街地の開発には、現在多くの補助金や公的資金が入る。よって限られた者のみが利益を受ける事業手法は好ましくない。順次事業を進展させるためにも、開発利益は広げたい。

  1. 補助金の有効活用

公的資金は開発主体や参画企業にも入るが、それらは、単に施設づくりのためではなく、その後のサービス向上と雇用の確保に貢献できるようにするべきである。建物資産を株として所有するなど長期的にリスクヘッジができ、収益向上の仕組みが必要。

  1. 民間との新しい接点づくり

民間は自治体の下部組織ではない。新しい公共と民間の関係づくりが開発には必要である。そのためには、開発の全体計画を常に示し、民間に対しての信頼を作ることである。単なる土地利用計画だけではなく、その「物的環境計画」と併せて「社会問題解決(雇用、教育、安全、高齢者等)計画」を含むものを提示するべきである。


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